雨上がりの京丹波の田園風景は緑が眩しい。園部駅から二本のバスを乗り継いで、ギャラリー白田に向かう。バスの接続が1日に数本しかないというから、乗り遅れたら、路頭に迷うことになるので、バス停の位置を間違えることがないように、携帯を片手に地図を何度も見直す。こういう旅路を辿っていると、私はいつもの人の流れとは違うところに向かっているのだという実感が強く湧いてくる。
田植えが終わったばかりの田んぼを両側に望む一本道を通って、ギャラリーのある小高い丘に入ると、向こうから賑やかな声が聞こえてくる。二人か三人ではない、どうやら十人ぐらいの子供たちが飛んだり跳ねたりしているような音。雑木林や小川があって、そういえば子供が夢中になって遊んでいてもおかしくない場所なのに、普段、ここでは子供の賑やかな声を聞くことがなかった。
離れの家屋はひんやりとした土壁に囲まれた静謐な空間である。その土壁には羽が乾いたばかりの新しい命が、飛び立っていったばかりの抜け殻のように、ふっくらと空気を含んだ子供たちの衣がいくつもかかっている。大人が到着したからか、子供たちはすっかり隠れてしまった。床間に吊るされた牡丹柄の衣などは、それまでの賑やかさの余韻を残すように、私たちの目の前でずっとクルクルと回っている。
衣は韓国や中国、日本などの伝統服の型でできていて、一つとして同じものがない。布は藍で染めたもので、緑がかったエメラルド色、深い紫色、透き通るような薄いブルーなど、青の地平はどこまでも広い。
これは神奈川県藤野で藍染めを行っている石井孝幸・友恵さんによる「あをのよう」の仕事である。孝幸さんが藍染を行い、友恵さんが和裁で衣に仕立てたものだ。様々な青色は藍に茜を混ぜて深い紫色にし、丁子を混ぜて緑色に寄せている。牡丹花の型も孝幸氏が自ら柿渋紙を彫って作り、「二」の文字を工夫した縞模様は、真っ白な地に青い線の揺らぎをひとつずつ施したものだとも。細部にまで納得した手仕事を施している様子が伺い知れる。
友恵さんは、それを着る子供の姿を思い浮かべるかのように、ひとつひとつの衣を丁寧に説明してくださる。この展覧会に向けて、一ヶ月に一着、小さな伝統服を作っていたそうだ。小さく仕上げてあるからだろうか、造形の美しさが際立って凝縮している。張りのある形状は、和装ならではで繊維に沿って縫っていくことで生まれるものだという。壁ではなく、棚にそっと置いてある半纏の説明をしながら、友恵さんは短い二つの腕を畳み、前の紐をしっかりと結び直す。綿ではなくシルクでできた小さい半纏は、もっちりと丸みを帯びた幼児の背中そのもののようで、友恵さんの二つの手のひらのなかにすっぽりと収まり、愛おしさに笑みが溢れる。いてくれるだけでありがたい。幼児の幸せな寝顔が思い起こされた。
藍の色が、深く浅く、こんなにも多様で、遊びがあって、ひとりとして同じではない子供のひととなりを表しているかのようだった。
永井佳子|キュレーター









